西国愛染十七霊場 3日目 西大寺〜宝山寺

3日目は奈良方面に行きます。
最初の目的地は西国愛染十七霊場 第十三番 西大寺。

最初はここまで大きな寺院とは思っておらず、30分くらいかけるつもりでしたが、かなり広大で長居してしまいました。
これでも昔よりは小さくなったそうで、東の東大寺に対して西の西大寺と名付けられているそうです。
その東大寺を含め七つの大寺院を南都七大寺と呼ぶそうですよ。
南都とは奈良の事ですが、なんだかそれぞれの寺院を守護する拳法の達人とかいそうですね。

さて西大寺、建立の発願となったのは藤原仲麻呂の乱の月との事で、天平宝字8年、西暦で764年です。

先の第十二番久修園院の分と合わせて二枚受け取りました。
「ちゃんと久修園院のご住職が用意したものをお渡ししていますよ」との事でしたが、久修園院の愛染明王像をお参りしていないので何ともです。

ここの愛染明王坐像は間近で見る事ができますが、本物は秘仏で厨子に入っているそうです。
2度目の元寇、弘安の役の時に愛染尊勝法という祈祷の本尊で、敵兵を損なう事なく退散を願ったところ、歴史に名高い神風が起こった、と伝えられるそうです。

お次は薬師寺。こちらも南都七大寺の一つだそうです。
世界遺産としての方が有名ですね。
発願は天武天皇の頃で西暦680年との事です。
ここでは少しお坊さんの話が聞けたんですが、関西というのはお坊さんまで笑わしに来るんですね。
三ヶ日だけは本蔵が吉祥天になるそうで、国宝吉祥天像が見れました。
日本最古の彩色画だそうです。

その他、釈迦十大弟子像なども見れたのですが、正直十大弟子はどなたも区別がつきません…。
モッガラーナは背が小さく、サーリプッタは細身な印象がありますが、全て同じ背丈で素人目にはわかりませんでした。

こちらは玄裝三蔵院。
玄裝の像(というか廟)があります。
像は正直、大唐西域記のイメージと違って日本のお坊さん風でした。
また、唐から天竺に向かう玄裝の行程が壁画になっています。
途中でドゥルガーを祀る集団と一悶着あったりとかしたのでしょうか。

ちなみに、夏目雅子の西遊記のOPはガンダーラですが、ガンダーラとは天竺ではなくアフガニスタンからパキスタンあたりで、実は西遊記と関係ないそうですよ。

唐招提寺にも行きたかったですが、時間の都合で諦めて宝山寺に向かいます。
ケーブル鉄道で登る山の上です。
生駒山は役小角が開いた修行場だそうで、登るだけで結構な消耗です。

愛染詣で来てますものの、ここは生駒聖天と呼ばれてますので、どこかの時期で本尊は大聖歓喜天だったと思われますが、多くの歓喜天は秘仏であまり見れません。故郷の鎌倉の聖天でも生では見た事ありません。
ガネーシャはよく見るんですけどね。

ちなみにもし聖天を見れたら、女性形が十一面観音、男性形がガネーシャもしくはビヤナカという鬼神です。

さて目的の御朱印をもらい、愛染参りをしたあたりで時間的になり、ここでLive.me配信をする事になりました。
一度境内を出て一つ上の梅屋敷駅の脇で配信しました。
この時の気温は、かなりヤバい事になってました。

配信後、また宝山寺に戻ります。
ここには夥しい数の仏像があり、一つ一つ見て回るとここだけで一日終わります。

しかしここの眺めは最高に良いので、実に良いお参りができました。
多分気温一度も無いですが。

帰りに立ち寄った六根亭は蕎麦酒共に滅法旨かったです。

シメに生駒で親子丼を食べて終了です。

これで今回集めたのは、
勝鬘院
東寺
久修園院
西大寺
宝山寺
の5枚。
他に有名なとこでは東本願寺、世界遺産の薬師寺でした。
移動距離と言い寒さと言い随分修行になりました。東京暖かいです。

次回は兵庫近辺から集めようかと思います。
その後に残る高野山とかは、一枚に一日かかりそうですが…。

梅木千世でした。

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